ドリーム小説

陽気な風が頬を撫でるのとは裏腹に、の心は重く沈んでいる。

それもこれも、
「ね、。一生のお願い!」

鬼気迫る顔で頭を下げている友人のせいなのだが。

「だーかーら、……怪談なんてやめなって言ったのに」




谷山麻衣、高校一年生。
猪突猛進で、人懐っこく、おまけにお人よし。
そんな彼女はぎゅっと肩をすぼめて、ごにょごにょと言い淀んでいる。
「だから怪談は関係ないんだってばぁ」
「あー、はいはい。どっかの誰かさんが人様の機材を壊した上に、社員さんまで怪我させて、その代わりに助手の代理を押し付けられたんだったわね」

「・・・適切な表現でどうも」

唇をひん曲げた麻衣の気配を察したが半眼になると、麻衣はころりと猫なで声を上げた。
「旧校舎なんて怖くて行きたくないんだよ〜。
しかも、そこの所長めちゃめちゃ感じ悪くって・・・だからね。一緒に手伝って!」


持つべきものは友達だよね?
なんて、

言われたはつい渋い声をあげてしまう。


「旧校舎ねぇ」


頻繁に起こる火事や事故。生徒の死、先生の自殺、子供の死体。などなど。
取り壊しを行った途端相次ぐ作業員の病気、事故、機械の故障。ets,ets。
数え切れない程の噂が飛び交う旧校舎を仰ぎ見て、は肩を竦めた。


「しょうがない。手伝ってあげる」
「本当に!さすが!」
「その代わり、バイトの中に出た宿題は麻衣の写させてもらうから」
「げ・・・マジ?」


麻衣が強張る。
とーぜん、と胸を張ったは、所在なさげに合わさって居る麻衣の手を取ると、旧校舎に向けて歩き出した。

釣られるように歩く麻衣も「しょうがないか」と呟く。
「オッケー任せて!全部間違ってて廊下に立たされても、私のせいじゃないかんね!」


そうと決まれば急げ急げ、とを先越し、
軽い足取りで向かう麻衣の背中を見ながら、は空を見た。

オレンジ色した光が廊下に差込み、影を伸ばしていく。
「・・・旧校舎、何もないといいけれど」
呟いた言葉に答えるように、異様に長い影が黒く、大きく揺れた。



【悪霊がいっぱい! 1】




『留守電が一件、ピ――
リンが怪我したので、代わりに手伝って欲しい仕事がある。場所は高校の旧校舎・・・』


「・・・」
淡々と流れる留守電に耳を傾けながら、資料片手に口を開いた男をはげんなりと眺めた。
そこはベンチかと疑いたくなるくらい悠々と腰かけている青年は、学校と言う名の場所において、おなじみの黒服が尚怪しさを際立たせる事に気付いているのかいないのか。



――しかも、そこの所長めちゃめちゃ感じ悪くって






「調べた限りでは、どれも噂の域を出ないな。
不吉だなんだと言うわりに、どの事故も原因がはっきりしている。
僕はそんなに大した事件ではないとふんでいるんだが――」

ちらりと視線がこちらに向けられる。
麻衣が気を取られているのをいいことに、唇に人差し指を当てた。



な い しょ。




「・・・そちらは?」



無愛想な言葉が投げつけられる。
ご丁寧に用意された事に気付かない麻衣はパッと表情を明るくすると、隣に並んだ。咳払いをひとつ。
「あたしのクラスメートで。こっちは――」

「渋谷一也」


なるほど。
こちらも黙っておくから、お前も黙ってろと言うことか。
は手を差し出すと、白々と微笑んだ。


「よろしくね、渋谷さん」



















「棚を組み立ててくれ、僕は機材を取ってくる。それからさん、貴方はこっちを手伝ってくれ」
「あたし一人でここに残るの!?」

ぎょっと目を見開いた麻衣が、一也を振り返る。
しかし彼は、薄気味悪い旧校舎を気にする素振りもなく部屋を見渡した。
「それじゃお前が機材を運ぶか? 重い物で四十キロ近くあるが」
「・・・棚でいいです」



嫌々を隠さず頷く麻衣。
颯爽と歩いていく一也の背中についてベースを出たは、ぽつりと影に向かって言葉を落とした。
「右近、麻衣をお願い」


刹那、気配が霞め、麻衣一人残る部屋へと走り去っていく。
振り返って眺めていたに一也は足を止めた。





「何か居るか?

「・・・分からない。少なくとも、玄関からこの部屋に入るまでには見えなかったわ」

「そうか」





染みのついた壁、切れかけた電球、軋む床。
一也の目が、埃被った階段へと向けられる。




「仮にもし何かが居るとして――お前に出来るか?」


ひび割れた窓の向こうに見える大きな木。
その木にカラスが降りるのを見ながら、は肩をすくめた。


「よしてよ。私は本職じゃない。ちゃんと浄霊出来る人を呼ぶことね」




旧校舎のドアを開ける。
さび付いたドアが軋みをあげながらやっと開くと、夕日が沈む空に向け口笛を吹いた。




「私は化け物専門」




カラスが肩に舞うように止まる。








「もっとも、浄霊じゃなくて除霊なら出来るけどね」






弧を描いたカラスの赤い瞳に、能面のような一也が映って揺れた。